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野獣死すべし「伊達邦彦とジョーカーと」

様々な映画やそのシーンが、心に残っている。
その映画はこうだった、あのシーンはこうだったと理解し、語れるもののがほとんどなのに、どうにも語りようがないものがある。
ココロには深い楔を打ち込まれて、それは簡単には抜けそうもないのに、手持ちの言葉ではそれを整理し表現することができないもの。
僕にとって野獣死すべしは、そうした映画のひとつだ。
初めて見てから、ずいぶん長い時間が経ち、何度も見直しているくせに、未だにそれはひとかけらも消化されることなく、塊のまま抱えて立ち尽くしている。
松田優作が演じなければ成立しなかったであろうと思われるくせに、画面の中には松田優作の姿はどこにもない。
そこに映されているのは、伊達邦彦という男の姿だけである。
耳から離れないトランペットのメインテーマと共に、どうにもその男の姿を忘れることができないのだ。


ストーリーは一見シンプルで、伊達邦彦が完全犯罪を目論んだ銀行強盗の顛末である。
印象的なシーンの一つに、室田日出男扮する刑事と対峙しロシアンルーレットを行うシーンがある。
この作品のために奥歯を4本抜いた松田優作が演じる姿を表現するのに、狂気という言葉は凡庸にしか思えない。

獣は己の空腹を満たすために狩りをする
では、野獣は?

しかし、伊達邦彦は金欲しさに今回の犯行を企むわけではない。
その意図が見えない。
同様な存在として、ダークナイトのジョーカーがいる。
せしめた大金はガソリンをぶっかけて燃やしてしまい、俺のライフスタイルには大して金がかからないとおどけてみせる。
かといって快楽殺人者にも見えず、世界征服なんて大それたことも考えちゃいない。
命がけのジョークを重ねて企む、その意図もよくわからないのだ。
しかし、町山智浩の解説で、ようやく彼らの存在というものを理解するためのヒントが得られた。
失楽園の堕天使ルシファーにさかのぼっての解説は、深くて分かりやすい。


そこにあるのは、善悪という根強いが見分けにくいもの、それを与えた創造主からも自由であろうとする生き物の姿だ。
それを意識的か無意識かにかかわらず自覚しているジョーカーは、淡々と行動を起こしていく。
対して、伊達邦彦は、まだ覚醒していない。
神様のペットの、己の空腹を満たすだけの存在にすぎない人間から覚醒し始めた彼には、まだ捨てきれていないものがある。
それを繋いでいるのが、小林麻美という女だ。
だから、彼は銀行強盗の最中、マスクを外し素顔をさらし、彼女を撃つ。
計画上、必要でもないのに、あえて素顔を見せつけて殺す。
それは、伊達邦彦自身が自らに残る人間性自体を撃ち殺した瞬間でもある。
そうして彼は、ようやっと自らを野獣に昇華させたのだ。

なぜこの映画が心に残り続けるのか、なぜジョーカーが髪をなびかせ疾走するシーンが、ココロに残り続けるか、そうした疑問が長い時間をかけてようやく解けつつある。
それは、完全な自由を欲し、創造主からさえも自由であろうとする彼らの姿に、ココロのドコカを刺激され続けているからなのだろう。

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「タフでクールで そしてヒューマンタッチ」Reblogger in Tokyo

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