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自分に名前をつけること

名前をつけること、名付け人になること、そうした経験は生涯の中でそう何度もあるもんじゃない。
まして、自分に名前をつけることはそうそうあるもんじゃない。
しかし、インターネットの出現以降、積極的にしろ消極的にしろ、僕らは自分に名前をつける必要に迫られることになった。
実名主義のお方はおいといて、匿名アカウントでつながっているお人は、何らかのアカウント名をこしらえてネットにつながっている。
自分で名乗る、あるいは呼ばれる名前を自分で決めることにノウハウのない僕は、あれこれ考えた挙句しっくりくるようなこないような名前をネットに晒している。
何気なく目にする様々な名前たち。

みんなはどうやって、その名前にたどり着いたのだろう?

佐野章核さんが、そうした疑問を掘り下げる同人誌を発行されている。

インターネットで活動する人や創作をする人にとって、名前を考える機会は意外と多いものである。ジャンルによってハンドルネームを使い分ける作家もいるし、そういえば自分もオンラインゲームのユーザーIDをいつも悩んで決める(悩みすぎてなかなかゲームを始められなかったりする)。こんなに悩んでるのはおれだけなのか、ほかの人はどうしてるのか、どうやって名前を決めているのか。というのが気になって、「名前」をテーマに本を作ることにした。

情報源: なぜC89新刊で「名前」についての同人誌を書くことにしたのか – MEMOGRAPHIX

PDF版は200円でこちらで販売中。

その名前の背景に

タイムリーな疑問に答えるような発刊に、ついつい初めて同人誌というものを買ってしまった。
その中で、計18組のゲストにサークル名やハンドルネームの由来が取材されていて、その名前で良かったことや困ったこと、好きな名前や思い出の名前についてのインタビューが興味深かった。
僕らが目にするヘンテコリンな名前、狙った名前、それぞれの背景に意図や物語や、あるいはただの偶然が存在している。
当たり前だが、どんな名前にも由来というやつが存在するのだ。
そう、もうすっかり慣れ親しんだ、この実名にもね。

僕の場合も

僕の場合も、このブログを始める時にあれこれ考えた。
ブログのタイトルとURL、そして一新したTwitter等々のアカウント、それらは気に入っているところもありイマイチなところもあり、そのあたりも実名と同じだ。

決まったテーマがないまま、ぬるっと始めたブログのタイトルは、内容をわかりやすく示しているとは言えない。
感じたままに書いていこうと「心の年代記」として、「ココロクロニクル」と名付けた。
よし、これだ!と思って始めたものの、しばらく経ってからココログの出来の悪いバリエーションのようにも思われ、cocolochronicle.comという長いURL名も邪魔くさく感じるわけで…
スキあらば、もっと短いURLのタイトルに変えたいと思いながら、WordPress上での作業のめんどくささに放置している。
このブログを見てくれている人は、どんな印象を持っているのだろう?

Twitter等々のアカウントも著者名にあわせて一新した。
リアルなセカイとの関係を一切断ち切った、完全匿名のシンプルな名前にしたかった。
アノニマスという名前は気に入っていた。
シンプルで匿名性が高くおさまりがいい。
しかし、アノニマスは、もはや匿名の誰かさんを示す言葉ではなく、Anonymousという特定の誰かさんを示す名前になってしまった。
そうしたオペレーションに一切かんでいない僕としては、それを名乗るわけにはいかない。
そこで、自分の化身を意味するアバターを取り入れることにした。
そこに伝統的な日本男子固有のタロウを加えることで、「アバタロウ」が出来上がった。
漢字の当て字も検討してみたが、どれもしっくりこず、カタカナの名前もウルトラ警備隊の隊員みたいでいいだろうと自分を納得させている。

そうして名乗るようになって、もう2年が過ぎた。
未だに馴染まないような、しかしそれなりの愛着もわいてきたような…
ただ、セケンの風向きを考えずに自由でいられるこの名前は、得難いパートナーであることは間違いない。

Filed under: 独白

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「タフでクールで そしてヒューマンタッチ」Reblogger in Tokyo

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