All posts filed under “独白

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もし変換という作業がなければ

もし変換という作業がなければ、僕らの生活ももう少し楽だったかもしれない。
辞書の出来に左右されながら、登録されていない新しい語句に舌打ちしながら、スペースキーを押し続け、スワイプを繰り返す。
ちょっと前なら、必ず日本語入力プログラムを有償でインストールしなければ、PCとの最低限のコミュニケーションさえままならなかった。
そうした手間とフラストレーションに無縁の英語圏の人達が、うらやましかったりもする。
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自分をうまく売れなくて

どうにも自己アピールというか、自分自身のセールスが苦手だ。
そんなに悪い人間だとは思わないが、ぐっとひきつけるキャッチコピーを貼り付けることがうまくできない。
その能力の欠如は、このブログのプロフィールにもあらわれており、ひきつける目玉のないままのお茶を濁した状態がむなしく表示されている。
しかし、自分以外に対しては、その本質をカチッとつかめる能力はある。
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能捨(のうしゃ)「もう一歩深めるために捨てること」

この先の身の振り方なんてえものを、いろんな人と話していると、「いやあ、なんでも出来そうだよね」とありがたいお言葉を頂戴する。
何やったってソコソコ上手くこなせるんじゃないかという評価は、しかし、ありがたいとばかりも言えない。
なんでもできるというやつは、なんにもできないやつの裏返し。
それは、誰にでも優しいと言われる男が、実は誰にも優しくないのと同じことだ。
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ココロクロニクル「ブログ2周年!BLOGというよりSLOG」

気がつけば、このブログも始めて2年が経ったようだ。
あっという間に過ぎ去った2年という時間は、とりたてて僕に成長と進化を与えることはしなかった。
書くことに広がりは生まれず、同じように深さも生まれていない。
2年前と同じ場所に立ち尽くしたまま、ぼんやり時間が過ぎ去るのを眺めていただけだ。
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匿名ブロガーの死

先日、いつもの床屋で、いつものように長く間が空いた事を丹念に責められていると、ふと彼が真顔でつぶやいた。
「死んじゃったのかもと思って…」
聞けば、こまめに顔を出すおなじみのお客さんがぱったりと顔を出さなくなり、長い付き合いなのに鞍替えしちゃったのかと寂しい思いに駆られていたそうだ。
そこに共通の知り合いであるお客さんが現れて、「あいつさ、癌でいっちゃったんだよな…」とぽそっとつぶやいたらしい。
誰かさんと会えなくなることの理由のひとつに死が存在するという当たり前のことを、唐突に見せつけられて、彼は黙りこむしかなかったようだ。
だから僕にも、その可能性を考え、ふと心配になったようなのだ。
生きているということは、死に向かっているということと同意義であるくせに、僕らはソレをいつも爪弾きにして物事を考える。
ふと、匿名ブロガーである僕が死んだとしてどうなるだろう?という思いがよぎった。
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自分に名前をつけること

名前をつけること、名付け人になること、そうした経験は生涯の中でそう何度もあるもんじゃない。
まして、自分に名前をつけることはそうそうあるもんじゃない。
しかし、インターネットの出現以降、積極的にしろ消極的にしろ、僕らは自分に名前をつける必要に迫られることになった。
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Life is a bitch

「人生とは…」と、あらゆるものに例えられ、あらゆる文法で語られる。
しかし、今いちばんしっくりくるものは、Life is a bitchと言う表現だ。
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「社交スキル」という防護マスク

こう見えて「社交スキル」はそこそこ高い。
親しみやすい笑顔の挨拶と時事ネタを織り込んだウィットに富んだ会話、決してぶつけない甘いビーンボールでのけぞらせ、うまい具合に距離を詰めていく。
だから初対面の人とでも、いい感じに間を持たせてと言われれば、アラホラサッサーとお安いご用。
「では『社交性』が高いのですね?」
と問われれば、それにははっきりNO!と答えることが出来る。
そう僕の性質は「社交性」は極めて低い。
しかし、スキルとしての「社交スキル」は高く身につけている。
もともとは、誰にもその存在が気付かれず、部屋の隅っこで独りで本を読んだり落書きしたりしているような子供だった。
そうした子供が、そのスキルを身につけるようになったのは、必要にかられての事だった。
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楽しくはないが没頭するもの

昔から、ついつい読み耽ってしまうものはエッセイとカテゴライズされるものだった。
それは、コラムとも違う、おそらく。
エッセイとコラムの違いを正確には理解していないので、そこを隔てているのは単なるニオイ。
なにか仕込まれたお話を読むよりも、平易に綴られたテキストを読んでいくほうが、白けることなくのめり込むことが出来る。
もちろん、小説とは違ってそうそうドラマチックなことも大どんでん返しも起きないんだけれど、なんかプレーンなニチジョーでの入口も出口も、まして結論や教訓もはっきりしないようなものにひきつけられる。
だから、過剰な演出や語り口のものはエッセイやブログといえども途中で読む気が失せてしまうし、その逆の意味で読み進めていける小説もある。
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LoveWinsとクールジャパン

アメリカで同性婚が合憲になったというニュースには驚いた。
自由を声高に叫ぶ割には、保守的な価値観がどっかりと根を下ろしている彼の国で、僅差とはいえ最高裁がそうした判断をするとは思っていなかったからだ。
この問題に、僕は注視し続けていたわけではない。
僕は、LGBTの人たちは大変だねえ程度の認識しか持っていないパンピー。
何故気づいたかといえば、インターネットが例のレインボーカラーに染まり、#LoveWinsというハッシュタグが堰を切ったように流れてきたからだ。
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