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コロンビア vs 日本 シロートレビュー「LIFE goes on」

腹の据わった顔だった。
「今度こそ勇気を見せる!」と宣言していたとおり、ピッチにあらわれた日本代表の表情は、落ち着きを土台に闘志を漂わせ、しかしひ弱さは一切感じさせなかった。
勝ち負けを受け止めて腹を括った彼らは、とてもいい表情をしていた。
ザッケローニと彼のジョカトーレは、これまでの負の戦いぶりを乗り越えて、戦う顔つきでピッチに帰ってきた。

僕だけのMan of the Match「今野泰幸」

そうした日本代表のメンタリティを最も具現化していたのが今野泰幸だった。
微妙な判定ながらもPKを献上してしまったが、彼はその後も同じような、あるいはそれ以上の激しさを発揮し続けた。
「もうビビってためらうことはしない!」
そう宣言しているような彼の勇気は輝き続け、ラインを高く保ち、ボールを持つと躊躇なく駆け上がった。
この試合でもっとも見たかった日本代表の勇気は、彼の姿を通して眩しい輝きを放っていた。

今野泰幸

 

攻めたが叶わなかった…

 

コロンビアvs日本 データ

 

我らが代表は、宣言通り攻めたてた。
そして、思いは叶わなかった。
シュート数もコロンビアに対して倍近く放ったが、それは唸りも上げていなければ狙いすまされてもいなかった。
公園の芝生のように誰も立ち入らなかったペナルティエリアにも、持ち込み仕掛ける姿勢は見えた。
しかし、そこでの迫力とスピードは引き続き持ち越しの宿題となる。
だが、前半終了間際のワンプレイで得点をあげたしぶとさは、光明であり、次に渡すべき松明だろう。

勇気の裏側

4大会ぶりの出場で、ワールドカップでの賞賛に飢えているコロンビアは、わずかな不名誉も受け入れられなかった。
大幅にメンバーを落としても勝てると踏んだペケルマン監督は、歩きまわり喚き散らし、「教授」というあだ名が不似合いに見えるほどだった。
極東のサッカー後進国の思わぬ善戦に、温存しておきたいエースをとっとと投入し、その息の根を止めた。
攻撃の起点となる本田から激しくボールを奪うと、効果的に決定的に得点を重ね続けた。
勇気を振り絞って前のめりに攻め続ける若輩者に、勇気だけでは勝てないのだと諭す「教授」の姿がそこにはあった。

望まれる1.5番手

ペナルティエリアでの凄み、球際の強さ、勝負どころで得点を上げるゴールゲッター等々、足りないものはいくつもあるが、一番感じるのは層の薄さ。
伸び盛りの零細企業程度のニッポンは、それぞれ一枚看板しか見当たらない。
社長独りが引っ張る零細企業のように、「その代わり」が見当たらない。
本大会前に一枚看板が調子を崩したら、いつでもその地位を取り上げてやろうとするギラギラした2番手が見当たらない。
そのチャンスを逃さず、スポットライトを鷲掴みにする飢えた控。
遜色ないどころか、運が良ければ1番手以上の輝きを放つ1.5番手。
ここの厚みが増していかない限り、零細企業の状態から脱することは難しい。

スポーツ選手という責任

スポーツ選手は、好きな事を極め、大きな賞賛と高い報酬を手に入れることができる。
しかし、その光とおんなじ大きさのダークサイドも確かにある。
今回の試合終了後のインタビューでは、それをまざまざと感じさせられた。
その結果に一番呆然としている当の本人たちに、容赦なくマイクがつきつけられ、「一言」が求められる。
整理も折り合いもついていない中で、間違った発言は炎上を招くリスクの中で、彼らは義務として誰かさんにソレを伝えなければならない。
受け入れたくない事実を目の前にして、背筋を伸ばして丁寧に言葉を探す彼らの姿は、見ている方にも辛かった。
どのスポーツでもつきまとうものであるが、妙に感情を刺激するサッカーというスポーツで、妙にナショナリズムを刺激するワールドカップという舞台で、彼らが背負ってるその責任の重さは、常人である僕の理解をはるかに超える。
もっともせつなかったのが本田のインタビューだ。

「自分たちが未熟すぎた結果。敗者なんで、何を言っても意味がない。もっと最後まで見せたかった。口だけで終わってしまって、申し訳ない」とファンへ謝罪した。

引用元: 本田「優勝とまで言って散々な結果…口だけで終わってしまった」 – サッカー – SANSPO.COM(サンスポ).

ビッグマウスは知っている。
意図してやっているであろうことも推測がつく。
「優勝しか考えてない!」なんて発言も、可能性が低いことはわかっている。
しかし、本大会に臨む選手が、途中で負けることに妥協して参加するほうがおかしい。
彼の発言は、チームメイトの意識も引っ張りあげて、悪い効果はなかったはずだ。
だから、謝る必要なんてない。
僕らには想像もつかない苦味を抱え、これ以上何を引き受けなければならないというのか。

そして人生は続いてく

ひとまず、ザッケローニと彼のジョカトーレの物語は、これで終わる。
極東の島国なんかに行ったらキャリアに傷がつくという忠告に耳を貸さず、ニッポンを好きになってくれたザッケローニ。
ひところは、次の母国の代表監督候補というウワサが立つほどの仕事ぶりだった。
彼の再起のためのチャンスとも言えた日本代表監督での仕事ぶりは、ナニカにつながるのだろうか?
もう代表のユニフォームを着ることのない選手もいるだろう。
引退するわけではないが、望まぬ現実に茫然自失の選手もいる。
しかし、サッカーは続く。
彼らが、前回の苦味をここまでのガソリンに変えたように、今回の苦味も次への糧となるはずだ。
そして何より、2試合の失望を振り払って、それでも!と前を向いた勇気は彼らにしか手に入らないものだ。
それはサッカーが終わった後も長く続く人生で、自らの道を照らしてくれるだろう。
そして、そのオコボレに預かった人間がここにいるということを、忘れずにいて欲しい。

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