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『007 スカイフォール』ジェームズ・ボンドの帰還

ダニエル・クレイグ 以前のボンドは、ほんとうにどんな目にあおうとも、英国人しか笑わないジョーク(それはすなわち英国人以外にはただの皮肉であるのだが)をつぶやくだけで、心底本人が傷つくことはなかった。

カラダが痛めつけられることは数知れず。
しかし、そのココロが傷ついた場面など、全く記憶に残っていない。
冷静沈着というのとは、また一味違う。
ともすれば鈍感さ。
目の前で仲間が亡くなろうとも、しばらくのちには誰かさんとベッドを共にするほどの鈍感さ。
まさに、フェリックス・ライター 呼ぶところのジミー・ボンドという呼び名の方がしっくりくる感じ。

ダニエルは、その体も相当痛めつけられた。
だがしかし彼が歴代と一線を隠すのは、そのココロの壊されようだ。
もちろん、ジョージ・レーゼンビー のように結婚式の直後に花嫁を喪うボンド もいたが、その後彼がどれほどの痛みを感じたのかはスクリーンのこちら側の私達には見ることができなかった。
ダニエルの場合は、ル・シッフル の行うシンプルだが耐え難い究極の肉体の一点集中拷問も十分にわれわれ男子を震え上がらせたが、それよりも彼女の話だ。

明けの明星のように美しいヴェスパー 。

ダブルオーのコードネームをようやく手に入れた男が、彼女のためにソレを投げ捨てようというのだ。
そしてその結末は、ご存知のように僕らの胸を抉りとるようなものになった。
ダニエルは「任務完了。ビッチは死んだ」とその心と裏腹に強がった。
それ以降、笑わなくなった彼を見て、歴代ボンドがいかに鈍感になっていったかの道筋を垣間見たような気がする。
ヴェスパーとの出来事のようなことを、幾度も経験して、自衛のための鈍感さと言えば伝わるだろうか。
そうして、すっかりこの業界に首まで浸かった男の割り切りと落ち着きを演じて見せる。
傷つくかわりに、皮肉を浮かべてニヤリと笑うのだ。
ダニエルは、職種としてはダブルオーになっている。
しかし、まだ彼はダブルオーセブンになりきれていなかった、本質的には。
ヴェスパーの死にたいして、ビッチは死んだと爆発しそうな感情を力づくで無表情に抑え込んでいた。
残念なことをしたと流れるように悲しげな顔を装うことができるようにならなければならない。
ダニエル版のボンドは、彼がダブルオーセブンになって行く物語。

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カジノ・ロワイヤルで、彼はその専門職としての最高位をギラギラした顔で欲しがる野心家だった。
しかし、手にしたところで見える景色は良くはならなかった。
ヴェスパーとの件は、直接的には職位の問題ではないが、しかし彼がダブルオーのコードネームでなければ、あのポーカーに駆り出されることもなかったはずだ。

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慰めの報酬 では、任務を果たすだけといいながら、彼の復讐をはたす。
あの女の名前のついた飲み物 を飲み続け、不眠症と共生しながら。
そして、完了した復讐は、敵への部分的なダメージにしか過ぎず、その全体像すら見えない。
わかっていることは、彼の政府の高官がその中に存在していること。
公務員である彼に、MI6 を通して命令ができるような位置にいる。
そして女王陛下は、どちら側についているのか影すら見えない。
政府という雇い主でさえ、味方であるかどうかは日替わりだ。
例のラングレーのオトモダチ は、勝ち分も持って行っていいという好条件でポーカーの資金を出してくれたりするが、彼らの利によって簡単にボンドの身柄を売り飛ばしたりする。
そうした敵も味方もあいまいな色分けのできない世界を、彼は歩き続けている。

ボンドのモチベーションが正義のためであることは、絶対にない。
ボンドが今まで正義の味方だったことは一度もない。
彼は、一度受けた指令を最後まで完遂することに誇りを持つプロフェッショナルなだけだ。
しかし、彼はそう見せながら、きっちりと自分の落とし前を「クァンタム」につけた。
限定的であろうとも、ラスボスまでたどりつかなかろうと、彼なりの復讐を果たした。
やり遂げた後、彼がコートの襟を立て歩き出した瞬間、僕らは、彼が戻ってこないことを確信した。
彼がダブルオーであり続ける理由が見えないからだ。
もちろん、彼にとっての理由。
だからエンドロールで「ボンドは帰ってくる」という文字が、僕にはずっと違和感があった。

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そしてスカイフォール。
どんな理由で、なんのためにあの日々に戻ってくるのか、僕には全く検討もつかない。
もし唯一その意義を感じているとすれば、その途上である旅を終わらせること。
すなわち、まだダブルオーセブンになりきれていないボンドが、そのプロフェッショナル意識から、なりきること自体を目的としている場合だ。
あるいはそこにしか、生きる意義を見出せていない場合。
願わくば、行動と結果でしか結びついていない冷たい信頼関係ではあるが、M だけはボンドのそばにいて欲しい。
彼が奉仕し続ける、かの女王陛下の国は彼の敵も内包しており、彼の雇い主はその意向でヒラヒラと変わり身が激しい。
果たすべき使命も守るべき仲間も曖昧で、誰が生命をかけれるというのだろう。
だからどれだけ鈍感になろうとかまわない。
どれほどの鈍感さを見に纏ってもかまわないから、この敵も味方もあいまいな色分けのできない世界を、生き延びて欲しい。

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「タフでクールで そしてヒューマンタッチ」Reblogger in Tokyo